今回は深層心理が絡む、ちょっと難解な概念の話です。
『投影同一化(とうえいどういつか)』とは
いったいなんでしょう?
『投影同一化』とは、
「心の中で思ったり感じたりしているはずの内容」について
関わり合いを通じて
「相手の心に同じような感覚を体験させる」ことを指します。
わざと意図的にそうする場合もあるでしょうけど、
今回に関しては、概念が生まれた経緯を踏まえて
心が無自覚にそれをすると考えることにしましょう。
たとえば
たとえば、
ある人が、みじめな思いがあるのに
自分でも心の奥に隠して無自覚でいるとします。
その人とたびたび関わりのある
別の人の心の中に知らず知らずのうちに
まるで自らのものとしてみじめな思いが湧いてきます。
つまり、
みじめを感じる主体が別の人に代わるのです。
このブログのトップのイラストを例にするとこうです。
(操り人形に見立てたイラストですね。)
社員たちは「なんだか操られているよう」と感じています。
そこには「会社の仕組みに疑問を抱いてもどうせ変えられない」
「自分が無力な人間だ」と思わされるのを含むとします。
実は、
そう思わせている操作的な関わりをくり返す上司の心の中にも
「なんだか会社に操られてる感じ」があって
その感覚を部下に味わわせる『投影同一化』をしていた、
という背景があったというわけです。
こうしたことが無自覚に起きます。
ちなみに必ずしも立場の強い側がするわけではなく、
弱い側(例えば部下)が強い側(上司)の心に
『投影同一化』をもたらすこともあります。
メラニー・クライン(1882 - 1960)
『投影同一化』の概念を提唱したのは、
イギリスで活動した心理療法家の
メラニー・クラインです。
日本語では『投影同一化』の他にも
『投影性同一化』や『投影性同一視』または『投影同一視』と
書かれることがあります。同じです。
防衛的な投影同一化
心の持つ、心が心それ自体を守ろうとする様々な働きは、
『防衛機制(ぼうえいきせい)』という呼び名でくくられています。
『投影同一化』もまた『防衛機制』として働く場合があります。
自分の中にあると都合が悪いとみなされる思いに関して、
自らがその感覚を実感して味わわずとも
他の人が代わりに感じて、現実に現してくれるというわけです。
心は「心の中にあるもの」を「無いものとされる」のを嫌がります。
「無いものとされる」はイヤだけど、
自分で味わうのも心にとって都合が悪いようだ。
誰かが代わりに味わって「あるもの」としてくれたら…という、
それがかなう点が防衛的なのだと言えます。
さまざまな投影同一化
『投影同一化』の性質は一通りではありません。
他者に操作される感覚や、みじめさなど、
される側の都合が考慮されないのは、
つらいところでしょう。
その一方で、
「自分なんかが喜びを感じちゃいけない」と
内心で抑えている人が
他の人にその喜びの感覚を味わわせて
充足を得ようとするといった
防衛的な『投影同一化』もあると考えられます。
このブログの初め、
『投影同一化』の印象は悪かったかも知れません。
ですが、それそのものを
単純に「良し悪し」「善悪」「純粋・不純」などで
評価することはできません。
誰がどう関わっているか、
深層心理に触れられるのかどうか、
慎重に検討することが望まれるでしょう。
私見ですが
ここで、
『投影同一化』を成り立たせる
いくつかの要素について書きたいと思います。
『投影同一化』は、その用語にも表わされるように
(1)自らの心の中のことを外に属するとみなす『投影』
と、
(2)相手をそれに「同一化」させる実際の関わり
という、ふたつの言葉から成り立つと考えられます。
ただ、私は
さらに多くの要素が絡むと考えていいと思います。
これらは個人差があり、
『投影同一化』を行なうか、成功するかに繋がります。
・『投影同一化』をする側の要素
『現出欲求』=心にあることを現実に現したい欲求。
『再現性』=同じことを単発ではなく再生する心の働き。
『勘』=相手の心にどう影響するかを見抜く直感的な働き。
など…。
・『投影同一化』を受ける側の要素
『共感性』=相手の思いをくむ(くんでしまう)感性。
『主体性の低下』=自分らしさを保つ安定度が低い場合。
『感化』=「これだ」と思う要素を自分に取り入れる心の働き。
など…。
こうした要素に思考や感覚をめぐらせることで、
『投影同一化』の成り立ちを理解したり
解除法を導き出すことになるのではないでしょうか。
心理カウンセラーとして
『投影同一化』は、
時として人間関係に不具合をもたらす心の働きです。
不具合が起こるのは、たいてい
「心の責任逃れ」のような性質からでしょう。
しかしそんな現象でさえ
無自覚に心が引き起こしているものであり、
本人が望んでそうなっているとは限りません。
単純に責められるべきものではなく、
心理カウンセリングを通じて
無理なく心にそって解決していきたいものです。
この現象を扱ってきた心理療法は
主に『精神分析的心理療法』です。
精神分析という分野では便宜上、
心理カウンセラーは「セラピスト」と呼ばれます。
セラピストは、あえて『投影同一化』を
自分自身で浴びつつ、しかし呑み込まれないように
対話のやり取りと内省を通じて
一緒に理解を深めていくのです。
※ 当ブログで記す 「心理カウンセリング」 とは
川越こころサポート室が提供するものを想定しております。
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